最近気づいた。
人生の中で楽をすることや、自分に優しくすることを「悪」だと思っている自分がいることに。
他人が楽をしていることに関しては特になんとも思わないのだが、自分のことになると話は別だ。
今日はそんな話をしていこうと思う。
なぜ楽ができないのか
私は楽をするのが苦手だ。楽をするとなにか大事なものを失っているような気がしてならない。
なぜそんな感情を抱くのだろうか。
負の感情が強い
常に何かをして、追い込んでいないと不安でしょうがない。何かに怯えて、見えないものと闘って疲労困憊。
私が何かをする理由はだいたい負の感情から。
この世間から取り残されているのではないか、このままではいつか死んでしまうのではないか、そんな不安から動き出すことがほとんど。
友人からは、「自分にストイックだね」「いつも行動していてすごいね」
こんなことをよく言われるが、自分ですごいと思ったことなど断じてない。
何かをしてみたい、というポジティブな感情から行動していることなどほとんどない。
ポジティブな感情から行動していないのだから、自分でもすごいことだとは思う。
でも楽しくはない。残念ながら楽しくないのである。
そして、そんな感情で動いていても結局は自己満足にすぎない。なにかしている感じで安心させているだけである。
必ずしも追い込んだ先でいい結果が待っているかというとそうでもない。
結局のところ、負の感情で突き進んでいる人は、本気で楽しんでいる人にはかなわない。
それは過程でも結果でも。
他人の視線が気になる
出ました!!人生を生きづらくしている理由の第一党である他人の視線、今回も登場です。
結局のところ、他人から楽をしていると思われることが嫌なのである。
耐えること、追い込むことを美徳と感じる日本人の中で、楽をしている、自分に甘えていることは罪の意識が芽生えてしまう。
それに、多少結果が出ていなくても、頑張っている感じを出しておけば情状酌量の余地がある。
「まあまあ、あの人だって頑張っているんだから」「意欲は高いからなあ」みたいな感じで。
結果が出ないことの保険として、楽をすることを「悪」と考えている。なんとも情けない…。
さらには、嫉妬の面もあると思っている。
「自分はこんなに頑張っているのに、どうしてあの人は楽をしているのだ!」みたいな。
そんな視線の恐怖心もあって、ついつい楽をすることに対して罪悪感が生まれてしまう。
みんな楽をしていればOKなのか
世界共通となっている楽の仕方は、特に自分でも何も思わない。
例えば洗濯機とか。洗濯機を使っているのを見て、「こいつ楽をしている」なんて思う人はおそらくいないだろう。そんなことをいう人がいたら「じゃあ洗濯板持って川へ行ってこい」と言い返してやろう。
自分で洗濯機を使って、「今、楽しているわー」「なんかこれでいいのかなー」なんて微塵も思わない。
みんながそれを使用して楽をしているもの、もしくは当たり前になっていること、特に評価が下らない世界においては自分でもなんとも思わない。
最初のハードルが高いのか。楽をすることではなく、既存のやり方を変えるのが怖い自分もいるのだろうか。
楽をすることが正義ではない
とは言っても、楽をすることが必ずしもいいことだとは思わない。
スポーツなんてものはまさにその典型的なものだろう。
自分の限界まで、いや限界以上に追い込む必要があるのも事実である。
楽をしたいという一心で、てきとうに練習していたらいつまで経っても上達はしない。
自分に優しく、自分の「~したい」を大切にして休憩ばかりしていたら、何の意味もない。
追い込むことが結果的に自分を助けることだってよくある話だ。
楽ばかりしていたら、将来困るのは自分かもしれない。
楽をするために楽をしない
結局のところバランスなのか。時には、自分を追い込むことも大事だし、時には楽をすることも大事。
今の世の中の画期的な製品や技術は、人間の楽をしたいという欲望から生まれてきたものが大半ではないだろうか。
でも、その開発や製品化の段階で楽をしたら、きっとこの世にスマートフォンなんて生まれていない。
「効率化」「業務改善」という言葉もそうだ。
それっぽい言葉ではあるが意訳すると「これやんのめんどくせーな」「もう少し楽できないかなー、もうこれ以上無意味なことで時間使いたくないな」だと思っている。
でも業務の効率化を進めようと思うと、その過程は決して楽なものでない。
個人的な結論としては、積極的に楽をする思考を取り入れていこうと思う。
でも、それは思考だけ。その楽をするという目的を達成するために楽をするつもりはない。
今までは、何も考えずに自分を追い込むことを美徳と考えていたので、大きな進歩である。
無意味なところで無駄に頑張っても仕方がない。自己満足で追い込むのはやめよう。きっと誰も得をしない。
楽をするために楽をしない。
でも、ちょっとやる気がなくなって、楽をするときもあるかも…(笑)。
そんな自分を許しつつ、今後はこの思考で生きてみようと思う。